Mirage of Fantasy

ぼんやり頑張る高校生のブログ

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2010年1月7日木曜日 P.M.7:04

我が祖父、息を引き取りました
御年92歳の大往生でした




あっと言う間のことでした
習字から帰ると父に告げられた、「容態が急変した」との一言
今までにないスピードで自転車をぶっ飛ばし、病室に入りました
昨日から一人部屋になっていました
ベッドに寝ている祖父は呼吸器を付けられ、心臓はもう自分で動きませんでした
機械で動いている状態だ、と告げられました

体は普段よりも黄色く、生きた反応が感じられませんでした
一瞬思考が全て止まって、気付いたら涙が溢れていました
祖母は泣きませんでしたが、自分は大泣きでした
「順番だから、泣かなくても良い」という祖母に、頷きながらも泣き続けました

「おじいちゃん、ごめんね、来れなくてごめんね、ごめんね、おじいちゃん、おじいちゃん、」
涙で声までグチャグチャになって何を言っているか分からない声で言い続けました
父親が来ても、担当の先生が見えても、泣き続けました
「まだ暖かみが残ってる」と言われた頭に手を当て、涙を流しました

先生が最後に診てくださいました
聴診器をあて、目にライトを当て、脈を測って・・・

「わたくしの時計で19:04分、死亡を確認いたしました」

真っ白になりました、立っていられたのが不思議なくらいです
呼びかけても手を握っても何の反応も無かった祖父ですが、言葉を聞くと力が抜け切りました

瞬間、ベッドの足の方の柵にしがみついて泣き崩れました
一番大きく泣きました
お医者様が戻られて、父や祖母と話している間に祖父に近寄りました
手を握りたいと思い、布団を捲ると手に僅か斑点が
呼吸器は外され、口は開いたままでしたが安らかな寝顔でした
苦しんでいる顔ではありません、安らかでした

それまで仕事だった母が来ました
祖父の手に触れたりしていましたが、
「此処は未だ暖かいよ」といって寝間着を捲り腹を見せました
引き寄せられるように手を伸ばし、触れると人肌の温かさでした
抑えた涙は戻ってきました、冷たくなった手と暖かい腹を片手ずつで触れ、泣きました

体を拭くので、と言われ外に
写真やら何やらの用事で家と病院を2,3度往き来し、食事をスーパーで買いました
家でアルバムを選びました、昔外国に歩きに行ったときのものを持っていきました
病院では写真を選ばせてくれたので、長い時間かけて分厚いアルバムから1枚選び出しました


祖父は凄い人でした
日本代表で外国に歩きに行った、そんな人でした
選んだ写真は日本代表の服を着て、日の丸を前に撮ったものでした



今は父の兄が銚子から来るそうなので、それを待っています
両親は既に葬儀場に向かい、自分たちは兄が来次第、葬儀場に行く予定です
お通夜は明日、葬儀は明後日に執り行われます
学校や塾をどうするかは決めていません



10/4日の記事で報告して以来、取り上げないようにしていた祖父の話題ですが、
本当に状態は良かったのです、家族が見舞えば反応をくれ、話すこともありました
遠方に住む孫(自分のいとこ)も来ました、1,2時間祖父と話していました

目に見えて悪くなったのは一昨日、しかし昨日は回復したと言われていました
それが今日、祖母が家に帰ってからまもなく、「容態が急変しました」、と

本当に突然だったのです、ほんの少し前までは祖母と一緒だったのです
喋りはしませんでしたが、ずっと手を握っていたそうです
点滴を外さないように腕を縛られていましたが、それでも普通だったのです
祖母も自分も、実感が湧きません
夢のようです、明日病院行けば祖父が居てもおかしくないと思えます
それくらい、急であっと言う間な事でした
病院から連絡があり、祖父が葬儀場に向かうまでたったの2時間でした
2時間だけでした



今後どうなるかは分かりませんが、何ぶん初めてのことなので未だ動転しています
落ち着いた生活が取り戻せる頃には、どれだけの時間を要すか分かりません
今月末は受験です、気分が間に合うかも分かりません

ブログの方は当分、気が向けば更新します
今はまだ整理が付いていません、この記事も感覚だけで書いているので不手際が有ればお許し下さい
思うがままに書いたので、自分でも何を書いているのか分かりません




これまでコメントなどで祖父を気遣ってくださった皆さま、ありがとうございました
顔も名前すら知らない、祖父とは面識一切無い皆さまですが、
暖かいお言葉を掛けていただいて感謝の限りです
孫としてお礼申し上げます、本当にありがとうございました

返ってきた結果は決して良い物ではありませんが、
苦しまずに逝った祖父を有り難く思いつつ、失礼させていただきます

今後もどうぞ、温かく見守ってやってくださいますと、幸いです



                  2010.1/7(木)22:31    楚良 紗英
 


せんな重い感じだったのか…
ごめんよ、なんか色々…

実感湧かないよね、なかなか。
小4のとき曾祖母が死んだとき、お母さんから聞いたけど
病院に居たわけじゃないから全然実感なくて、お葬式やっと実感湧いて号泣だったしさ。
お通夜とお葬式が一番辛いと思うけど、頑張ってね。
元気出してね

2010.01.08 00:52 URL | 凪沙 #- [ 編集 ]

おじい様のご冥福を心からお祈り申し上げます。
亡くなられたのは悲しいですが、これからはちゃふ子さんの
心の中でずっと生き続けるんだと思います。
どうかおじい様の分も元気で健やかに・・・。

2010.01.08 06:58 URL | 要人(かなめびと) #- [ 編集 ]

ご冥福、お祈り申し上げます。

さえがそこまで泣けるってことは、それだけおじいちゃんはさえにとって特別な存在だったってことだね。
おじいちゃんきっと天国で喜んでると思うよ!

2010.01.15 17:42 URL | 京 #- [ 編集 ]













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